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社伝によると山名八幡宮は源氏の一族、新田氏の祖義重の子、山名義範が平安時代後期安元年中(1175〜77年)、
大分県に鎮座する八幡宮の総氏神の宇佐八幡宮より勧請されたと伝わります。
玉依比売命(たまよりひめのみこと):比売大神や、神霊を宿す巫女ともいわれる
品陀和気命(ほんだわけのみこと):応神天皇
息長足比売命(おきながたらしひめのみこと):神功皇后
の 三柱を御祭神として祀り、祭祀を絶やすことなく今日に至っています。
毎年、四月十五日は「春の例大祭」、十月十五日は「秋の例大祭」が催され、安産子育の宮として、「獅子頭」や「虫切り鎌」のお守りを受ける人で賑わいます。
又、二股大根信仰も現在に生きていて、これを備えると特に安産と子授けにご利益があるとされます。
当社本殿は、江戸時 代中期に前橋藩主、酒井雅楽頭(さかいうたのかみ)によって再建された古建築物で、本殿を飾る彫刻群は明和六年(1769年)、彫刻物師関口文治郎の手によって彫られたもので、市の重要文化財に指定されています。
上信電鉄の線路をくぐると見えてくる随神門。手前には白い神馬が祀られており、社殿側には随神が祀られています。神馬が祀られている随神門は珍しく、また神馬の表情も見所の一つです。
元禄十三年(1700年)に奉納された石の手洗い場があります。また、昭和50年に執り行われた800年祭の記念事業として、吉永草玄により手水舎天井板に"鳴き龍"が描かれました。
慶長五年(1600年)馬庭念流中輿の祖といわれる樋口定次が、天眞流村上天流と御前試合をするにあたって当社に神助を祈願して参籠し、満願の日に社前の大石を枇杷の木刀で打ち割ったとされ、その後烏川畔に於いて見事、天流を破りました。
応仁の乱の西軍の指揮を執った山名宗全の祖が、当社を勧請した山名義範です。義範は新田氏の祖・義重の子で、この山名郷に入り山名氏の祖となり以後も源頼朝の右腕として活躍をしました。山名一族の神馬像は全国の山名氏の末裔が奉納したもので、神馬は西国を向いています。
子宝に恵まれといわれる、当社の陰陽神木は樹齢三百年以上の大木です。日本の神話の中では、伊邪那岐命と伊邪那美命が天之御柱(神木)を周り、たくさんの御子神を授かったとされています。
山名八幡宮の象徴である獅子頭は古来より”疳の虫”、”厄”を喰い切る神獣として伝わります。正面をお参りされた後、裏神様をお参りください。陰陽合わせの考えによりさらにご利益があると伝わります。
芸術、音楽、学問、財宝、縁結びの神とされる弁財天。利根川の源流の一つである鏑川沿岸地域で由緒ある寺社を巡る「鏑川七福神」の一つとして祀られています。
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